第106回 不都合のかたまり

私の調子が悪いのか、PCの調子が悪いのか、特に原因を究明せずにいたが、無縁であった肩こり、眼精疲労に悩まされ始めたので原因を探ることにした。WindowsXPとPCトーカーとNet Readerで調子よくやっているつもりでいたが、私のPCは非常に動きが遅くなっていたらしい。 Continue reading 第106回 不都合のかたまり

第104回 今一度アクセシビリティ

先月、弊社代表が仙台に招かれて、「災害発生時のインターネットによる情報発信」の講演をさせていただきました。その受講者の中に、なんと、宮城県大崎市のWebサイト担当者がおられたのです。東日本大震災直後、あまりの悲しい事態に執筆ができなくなってしまった私に代わって、弊社代表が「特別編 姉妹都市の素敵な関係 宮城県大崎市と北海道当別町」を記しました。この一連の段取りをされたご本人です。 Continue reading 第104回 今一度アクセシビリティ

第69回 音声ブラウザを変更して

私が主に利用していた音声ブラウザはIBMのホームページリーダー3.02(3.04ではない)だったが、この夏、高知システム開発のネットリーダーと いうものを試してみることにした。

いいも悪いもホームページリーダーというのが、現在の日本の視覚障害者間の通常の考え方のようで、私もそこに異論はないが、もっとよいものがあれ ばとか、よいものが開発されるべきだとかは思っている。噂によるとホームページリーダーは開発が止まってしまったらしい。それでもシェアを考えればまだま だホームページリーダー優勢であろうから、私もこの環境でやっていくのは構わないとは思っているが、そろそろ他を試してみるのも悪くないとも感じていた。

とはいえ、ホームページリーダーに匹敵するブラウザがあるかどうかというところが問題だ。というより、匹敵するのではという情報をいただき、自分もそう思ったからこのようなことを考え出したわけで、ネットリーダーを試してみることにした。ちなみに価格はホームページリーダーの倍である。

機能や操作の具合については別の機会に述べることにして、今回は主なブラウザを変更するということはどういうことかを述べたいと思う。

私の場合、環境の変更(マシンにしてもソフトにしても)は『自治体サイトWebアクセシビリティ調査』を中心に考えている。毎年8月の調査時に、 一番調子がよくなるように気をつけている。それなのに、この大事な時期にあえて変更してみたのだ。

調査のページ数は膨大なので嫌でも慣れるだろうということ、また、毎年調査しているのだからブラウザの違いにも気づきやすく一石二鳥ではないかということで変更があっさり決まった。言い換えれば、このくらい強行に行わないと変更は難しい。そのうちぼちぼちなどと言っていては、私の場合商売道具になるまでに時間がかかりすぎるし、結局試さずじまいになりそうだ。

わりとさらっと書いてしまったが、「変えてみよう!」というきっかけを得ること、「試してみよう!」という実行に移すことはそれなりに大変だ。

両方のブラウザを1台のマシンに入れられない(かどうかは検証していないが、問題が起こる気がする)ので2台用意しなければならないし、大体、新しいブラウザを得るのにお金がかかる。3万弱だけど気に入らなかったらどうしようという額ではあると思う。ホームページリーダーでいうところのこの機能は ネットリーダーではどうやるのよとマニュアルとにらめっこしなければならない。

根を詰めれば1週間、ぼちぼちしちゃうと1か月というところだろうか。こうなると、特別な理由がない限り「このままでいいか。」となるのが通常の音声ブラウザ利用者の態度だろうと思う。それが許されるからブラウザが成熟していかないのだろうということにも気づいた。

ネットリーダーの機能・操作の面で、個人的にではあるが気に入らないところがなくはない。しかし、開発主にブラウザを改良していこうという姿勢は見えるので、これからに期待したい。本当に改良されるかどうかについては個人的にアタック中である。

第66回 創立5周年

見えなくなって職を失ったただの人が、『アクセシビリティアナリスト』といういろいろな意味で適当な役割を与えられて5年。Webアクセシビリティのかけらくらいしか飲み込めないまま始めたわりには長続きしている。何をしてきたかと問われれば遊んでいただけなのだから長続きも不思議ではないが、思いのほか楽しい5年間であった。

「遊んでいただけ」と言うと語弊があるかもしれないが、5年間を振り返ると遊びの中からしか成果が生まれなかったように思う。

私の場合、仕事だから日常的にアクセシビリティを考えていたのではなく、遊びの中でここはこれでは困るわというようにアクセシビリティを考えてい た。

突然見えなくなっても2、3年もすれば生活はそれなりに落ち着いてきて、少し余裕が出てくればテレビに出ているあの人が気になり、外へ繰り出すと なれば服装や化粧が気になり、おいしい食事が気になり、気の利いた手土産が気になり、挙句の果てに人間関係に悩み・・・。

そんなありふれた日常にそっとヒントをくれるのがインターネットであった。さらに、その情報へのアクセスしやすさを主張し、診断し改善しということを仕事にしてささやかながら職業人となれたことは、見えなくなって職を失ったただの人の心を十分に支えてくれもした。

この先も、遊びの中からしか成果が生まれないかもしれないけれど、これまでのように個人的な満足ではなく、いくらかは社会貢献できるような仕事ぶりをお見せしたい。つまり、個人的満足をいかに広められるかというところに力を注ぐ必要を感じているというわけだ。

見えなくても楽しまなくちゃ。楽しんで遊んでいる中に情報があって、有益な情報にたどり着けたり、たくさんの情報を得ることでバランスのとれた人間になれたりするのではないかと思う。私が偏った人間であったとしても、インターネットに触れられなかったときよりはましなのだと思ってほしい。だから、 凶悪事件が起きたときに、テレビの情報番組のコメンテーターは「ネット社会の闇」という言葉を軽率に使うな。ネット社会の光に助けられて生きている人もいるのだ。使い方によっては大変に有益なツールなのだ。『創立10周年』のコラムがあるかどうかは知らないけれど、そのころにはどこかのコメンテーターが 「ネット社会の光」発言を少しはしてくれている日本になっているといいな。

第65回 Web制作者の分類

私事だが、先日、年忌(法要)に参列した。このような場ではお坊さんがお経を唱えてくださるだけでなく、何やらありがたいお話を聞かせていただける ものらしい。そのありがたいお話の中に興味をひくものがあった。

「みなさんの爪は伸びますか?」もちろんである。「自分の爪が伸びるのを自分の力で止めることはできますか?」そんなこと無理である。「では、伸 びた爪はどうしますか?」そりゃ、切りますよ。「そうですね、整えますよね。」というもの。この例え話からお坊さんが言いたいことは、「己のことすら思いのままにならないのだから、隣にいる人、親や子や配偶者や友人・知人など、こちらが思うように存在してなどくれるはずはない。それにより、悲しみとかいらつきとか怒りとかさまざまな感情がわくわけだけれども、それら感情を整えて生きましょう。」ということらしい。

ふむ、納得なのである。私はこの小さな場所でアクセシビリティを語り始めて早5年。まずはWebサイトそのものをアクセシブルにと思い、製作者のみなさんに一歩先行くことをお願いしてきた。結果、そう結果を述べるのに5年という歳月はなんとなく適当に感じるので述べてみると、製作者は以下の3つに 分類できそうだ。

  1. アクセシビリティに配慮した制作ができる人。
  2. アクセシビリティに配慮したいが自信がないのでその部分だけは外注して制作する人。
  3. アクセシビリティを知らない人。

1に分類される人、この方々は何の問題もない。もはや、このコラムなど読んではいないだろう。ちなみに、このコラムを読んでいて1を目指す人に対 してアドバイスするなれば、1になるためにはセンスが必要であると述べておこう。さて、2に分類される人、ここに分類される方々の底上げというか教育じみ たことに私は力を注いできた。しかし、上記のとおり、アクセシビリティに配慮できるのはセンスの問題なので、私は若干の業務変更をする予定である。でも、 「アクセシビリティに配慮したい。しかし、自信がない。」という正直さはさておき、ここに分類される方々の制作力に比してWebサイトの出来栄えに害がな いことは喜ばしいことだ。さてさて、3に分類される人、ここに5年という歳月が影響してくる。Web制作に携わりながら「アクセシビリティ」という言葉に触れる機会に恵まれなかったかわいそうな方々。こんなちっぽけな私ですら5年間語り続けられたことに触れる機会がなかったなどもぐりである。

ほとんど格言であるが、『アクセシビリティはセンスである!』。私はこれまで、2に分類される方々を1にさせるべく努力してきた。しかし、センス なのである。私などが努力せずとも1になれる人は1なのだし、残念だが2の人は2のままなのである。お坊さんのおっしゃる通り、相手を自分の思うようにすることなど無理なのだ。ではどうするか、整えるまでだ。2に分類される方々のよいところは、自分が100点満点でないことを知っていること。それならば、 私が不足分を補いましょう。そうすれば、私も悲しんだりいらついたり怒ったりすることはないし、私の役割や価値もはっきりとしてくる。

実は、本当に困ってしまうのは1.2もどきの方々。自分は100点満点でないのに100点満点なのだと言い張る制作者。確実にいるのだが、割合がわからなくて怖い。ここも笑顔で補い整えられるかが私の正念場。それができるころにはあちらの世界なのではと思う今日このごろなのである。

第63回 普通ってなんだろう

新年度が始まって1か月。年度という考え方が一般的かどうかはわからないけれど、私の周辺は、わりと年度という流れに影響されているような気がする。私自身は新年度を迎え、これまで以上にコンピュータをパチパチ叩く日が続き、Microsoft WordとかExcelとかちゃんと使えないとまずいなと思い始めた。

ワープロソフトは読み上げにうまく対応したものを利用していたのだけれど、私の作成する文書などレイアウトの必要はないというか、読み上げてくれたところでうまくできないので、それならエディタで十分ではないかと思い、ずい分前からテキストファイルですべてを片付けている。そもそも、その読み上げにうまく対応したものというのは、互換性が悪くて使い物にならない感じもした。

表計算ソフトに関しては、私が作成することは面倒なので避けている。だから、誰かの作成したものが読めればよいかなという程度の利用である。でも、新年度を迎え、やはり、スタンダードなWordやExcelを利用したい衝動にかられている。

さて、スタンダードな私になるためにはどうするか。

多分、私のコンピュータ環境をいくらか変えないといけないのだろう。何か新しいソフトを入れるとか、音声化ソフトを変えるとか。せっかくなじんでいるところを変えるのは難儀だなと思う。一歩踏み込むかやはりとどまるかは、その必要度によるのだろうけれどどうなのだろう。ビジネス上、とびっきりのテスターでなければならないので、 社長に無断で突っ走ってよいものかどうか迷う。いつもなら突っ走ってしまうのだけれど、どういうわけか、私は今迷っている。

とにかく、私はとびっきりのテスターであるために、コンピュータ環境は多数派の一人でいたい。スクリーンリーダーも音声ブラウザもメーラーも、多 くの視覚障害者が利用しているであろうものを使用している。だから、この環境でできることがまずまずできればよいと思っている。でも、時々、それを越えた利用をしたいなと思うこともある。そうしたところで、私が急にテクニカルになってしまう心配はないのでよいのだけれど、なんとなく、意欲とか興味とかが役割を越えてしまうのではないかという恐怖がある。

見えない仲間の中での環境はこのとおり気をつけているのだが、見えている仲間の中でのコンピュータ利用はまたよくわからない。

私が楽天でお買い物をしたり、ちょっとした文書をコンピュータでパチパチ打ったりすることが、「すご~い!」となってしまう。見えない私が一生懸命だからお世辞を言ってくれているのだろうか。それとも、見えるのにコンピュータを触らないのだろうか、それとも見えるからコンピュータなどいらぬのか。

そうしたいろいろを考えていると、スタンダードな私の位置付けはかなり難しいなと思うわけである。どこまで進むかどこでとどまるか、もう少し考え てみたいと思う。

第58回 メディアとユーザの間 2 ~ユーザの現状~

私たち見えない人間は、スクリーンリーダーや音声ブラウザを利用してコンピュータを操作し、Webサイトを閲覧している。PC自体はみなさんが日常的に使用している一般の機種で構わない。それに、上記のものをインストールしてやるだけで基本的には設定完了である。

よく、

「あなたはプライベートでもビジネスでもコンピュータを上手に使えているようだから、その使い方を同じような立場の人に教えてもらえませんか?」

という依頼をいただく。

ユニバーサルワークスの目的は「みんなが使えるWebサイトを目指そうよ。」ということで、音声化ソフトに特化した何かをつくっているわけではないのだが、目的を明らかにするために、見えない私が耳で聞くWebサイト云々の話で前へ前へと出てしまうので、このような依頼が舞い込むのだと思う。それ はそれとして、見えない人がひとりでも多くWebサイトを利用できるようになることは、その人自身の喜びになるだろうから私も喜ばしい。そして、それは巡 り巡って我が社のビジネスの拡大につながるだろうから、さらにうれしい。

でも、私は見えない人にコンピュータ操作、Webサイト閲覧のための教育をつけてやろうという行動に出ることがどうしてもできない。自分がしてきたように相手を導いてやればよいのだとは思う。突き当たった問題は突き当たる前にアドバイスしてやることもできなくはないだろう。しかし、そうしてなるべくショートカットコースで教育方法を練ってみても、その道のりは果てしなく長く感じる。だから、簡単に言ってしまえば面倒くさくなってやめてしまっている。

「どうして?あなたが日々やっていることを教えてあげてと言っているだけなのよ。」というような、依頼者の非難の気持ちが混ざった反応を聞きながら、私もどうしてできないのかしらと考え込んでいる。そして、考えた末、見えないといってもさまざまなタイプの見えない人に対して、根気よく教育をつけるのが難しいからではないかと思った。そう、「根気よく」取り組まないとある程度のレベル、コンピュータの電源を入れるのが楽しくなるレベルに達することができないということを知ってしまっているからではないだろうか。私はできた。たまたまその環境が整ったからできた。でも、その環境が整わない人に環境を整えてやることは現状ではとても難しいような気がする。

では、その環境とは何か。見える見えないにかかわらずたくさんある。PCと音声化ソフトの選定、インストールなどの設定、コンピュータ周りのトラブルへの対応、基本的な操作方法、応用を利かせたテクニック……。順番にやっていけばできなくはなさそうなのだけれど、「応用を利かせたテクニック」あたりになると、言葉では説明しきれない。でも、ここに根気よく取り組まないと楽しくなれない。いや、テクニカルなことは何もわからない私が楽しめる程度のテクニックなので大したことはないのだが、それでも、経験で身についていくことを教示するのは難しい。

どうしたら難しくなくなるのか。経験などにものを言わせなければよいのだ。私たちユーザにとってもう一歩普遍的な環境が整えばよい。そのひとつが『ブラウザの成熟』ではないかと思う。ということで、次回は一応本題のブラウザの成熟について思うことを掲載したい。

第56回 楽天に出向したい

はっきり言ってしまうと楽天市場でのショッピングが大嫌いである。

どのショップに出かけても必ず現れる冒頭の膨大なイメージマップ、それだけでアウト。ときにはがんばってみたこともあるが、商品陳列が悪い、 ショッピングカートがわかりにくい、支払方法と送料の説明がまどろっこしいと三重苦。だったら買わなければいいわけでずっと利用せずにいた。だけど、どう しても利用しなければならなくなった。ううっ、悔しい。

どうしても利用しなければならなくなったそのわけは、あるジャンルの買い物において、楽天市場が大変適していたからだ。見えない私がリアルショップで買おうとするといろいろ手間であるが、オンラインショップであれば簡易であった。楽天市場でなくてもと思って探してみるも見つからない。そのジャンルの(そのジャンルに限らないかもしれないが)ショップがオンラインショッ プを展開するのに、どうやら楽天市場というのは敷居が低いらしい。

多分であるが、この敷居の低さがアクセシビリティの敵のように感じる。

楽天市場に出店したことはないのでわからないが、初めてオンラインショップを手がけようというインターネットに不慣れだったり高齢だったりする店主も出店しやすいしくみができているはずである。たとえば、「ここに写真を貼れば商品が表示されます、簡単でしょう。」というように。そりゃ、簡単かもしれないけれど、それでは私に商品が聞こえてこないのよ…、というような現象がそこかしこで繰り広げられているのではないか。出展店舗が共通に使用するよう な内容、たとえばショッピングカートのしくみ、支払方法や送料の説明はどの出店店舗も共通であるから、ひとつわかりにくい部分があると、出展店舗数分わかりにくいサイトが存在してしまうということになる。であるからして、一部においては直すのも簡単で、一気にぶわあっと直してしまいたい衝動にかられてい る。どこがどうってきりがないのでここに具体的な指摘は避けるが、楽天レベルであれば、アクセシビリティくらいわかる人がいないはずはないので、一店舗でいいから音声ブラウザ入れてよくないところを直していただけると幸い。

どうしても悪いところがわからないようであれば、こんな私でありますが有料でお問い合わせください。(笑)

私は中立主義なので、どこかのサイトに肩入れはしたくないけれど、楽天とAmazonにはアクセシビリティを超意識していただき、安全でわかりや すいオンラインショッピングを音声ブラウザ使用者にも体験してもらいたいなあと思う。それ以外のショッピングサイトは、サイトそのものの使いやすさはもちろん、店としてのサービスを高めて追いつき追い越せでがんばってちょうだい。

第48回 何だかわからないけどできちゃうこと

我が社のアクセシビリティアナリストとして、とびっきりのテスターでいるためには、ユーザの域を出ないこと、スキルを一定に保つことが必須条件だ。 多少努力したところで、クリエイター的な能力を身につけることは不可能なので心配はないが、これだけインターネットに親しんでいると、経験により困難を乗 り越えてしまうことがある。原因のわかる困難については仕事に活かしてきたし、こうしたコラムにも表明してきた。

しかし、原因のわからない困難については自分勝手に克服しているだけで、実は何だかよくわかっていない。本来ならば、Webサイトをアクセシブル ニすると同時に、私と同じ立場にある人のスキル向上(PC操作支援など)に努めていく必要があると思う。そうした依頼もなくはないのだが、現在のところ見 合わせている。なぜなら、私がよくわかっていないからである。

たとえば、Webサイト閲覧中にエラーが出ることがある。「スクリプトエラー」とか、「オフィスワトソン」とか言っているような気がする。初めて 出会ったときにはほとんどパニック状態で困ったのだが、近ごろは「スクリプトエラー」のときには、Enterキーを何度か押せば目的のページが表示される ことがわかった。「オフィスワトソン」のときは、いくつかの選択肢の中から「送信しない」を選んでEnterキーを押すと、ブラウザは落ちてしまうようだ がPC自体は正常にもどるらしいことがわかった。ほかにも、新しいウインドウが開くときに、そのまま読上げてくれるときと、一度更新しないと読上げてくれ ないときがある。そのようなときも臨機応変に操作している。

これらは今ぱっと思い出せる例で、日常的にはあまり気にすることなく操作し、情報を得ることができてしまっている。しかし、それが正しい操作かど うか、そもそも原因は何なのかは理解できていない。

そこで、今回のコラムのオチをどうつけようかと迷っている。「原因がわかる人は教えてください!」としようか、「そういうわけで、音声ブラウザ利 用者で見えないからといって何も解決の糸口が見い出せないということではありませんよ。」としようか、いろいろ迷っているけれど、「ブラウザがタコってこ ともあるんじゃないの?」という仮説に基づいて締めることにしよう。

「タコ!」などと言いながらも、その恩恵を思いっきり受けてはいる。私たちはいくつかある音声化ソフト(スクリーンリーダーとか音声ブラウザと か)を、何らかの理由でひとつ、または複数選択し、有料で手に入れている。だが、ここまででも相当なエネルギーが必要だ。選択した音声化ソフトは使用して みなければ使い勝手がわからないものだから、場合によってはいくらか不満も出てくるだろう。不満といっても、特別難しいことを要求しているわけではない。 上記のようなトラブルをなくして、画面情報を正確に読上げ、見えるみなさんの多くが利用しているであろうIEあたりを純正のキー操作で利用できればいいの だ。意外とない。トラブルはさておき、わざわざ情報を読み換えたり、特殊なキー操作を用意したりしているような気がする。

非常にシンプルなものでよいので、自前でつくれたらなあと毎晩思う。自分ではつくれないので、せいぜいブラウザ預金止まりなのだが、もしそのよう なものがつくれたら無料でじゃんじゃん公開しちゃうぞ。できたらみんな使ってね。っつーか、私のブラウザ預金程度で、私の見えない目に適うブラウザの開発 をしてくれる方などいるのだろうか。それは、夢のまた夢でよいとして、「Webサイトがアクセシブルになりました!」「音声ブラウザの利用を支援しま す!」だけでは解決できない問題が、実はあるのではないかと感じる。「何だかわからないけどできちゃいました!」という域に達するまでには、大変な意欲が 必要なのではないか。そこを、ブラウザの精度に助けてもらえはしないだろうかという期待をこめてオチとしよう。

第31回 JISやさしい寸評(1) 文書の構造

Webサイトにおける文書構造の重要性を感じ始めたのはここ1、2年のことのように思う。私は中途失明者なので、文書構造そのものについての理解は あったし、点字文書やデジタル録音図書のつくりからしても、視覚障害者全体にその知識はあるだろうと感じている。しかし、情報がWebページになると、急 にその意識が薄れていた。基本的に、私はWebサイトの制作に関しては素人であったので、Webページにおける「文書構造の記述」が存在することなど知ら ず、とにかく、そうしたことは視覚的なアクセント、インパクトで済ませているのだろうという感覚でいた。

スクリーンリーダーを用いて閲覧していたときは、情報の読み上 げが可能ということに大感激で、アクセシビリティなどに意識が向かなかったわけだが、今、振り返ったり検証してみたりすると、実に平坦な情報に思える。と りあえず、Webページ上の情報を読み上げ、リンク設定箇所とそうでない部分の違いはわかるという感じだ。ここで音声ブラウザの導入となるが、「フレーム の切り替えが楽だな。」という感想をもつくらいで、特に大きな変化は感じられなかった。しかし、これからのWebサイトの閲覧には、スクリーンリーダーで はなく音声ブラウザにしようと決心した記憶があるので、それだけでも魅力だったのかもしれない。

音声ブラウザでの閲覧を続ける中で、ちょっとした効果音とともにゆっくり読み上げるところがあるということに気づいた。だが、それは、私に便利さ を感じさせるような動作ではなかったので、そこに問題意識や好奇心がわかない時期がしばらく続いた。ユニバーサルワークスのアクセシビリティアナリストと して、できるだけ「普通の」利用者でいようというのが当社の方針であるので、ブラウザの使用や機能については、私自身の欲求が高まるまでは誰もアドバイス しないことになっている。しかし、ブログが流行り出して、いくつか閲覧するうちに、例の「効果音」と「ゆっくり読み上げ」が異様に耳に障るようになってき た。これは何だろうという疑問が発生し、やっと、Webページにおける文書構造というものを知った次第である。

知ってみれば、これは便利だと強く感じるようになった。視覚に代わる手がかりがひとつ増えるということになる。情報に強弱というか、凹凸という か、ちょっとしたリズムが生まれてわかりやすい。詳しいことはわからないが、HTMLの記述においても正しいらしく、それならなおのこと、理に適っている ではないかと思った。特殊なテクニックを身につけなければアクセシブルなサイトができないなんてばかばかしいし、利用者としてもそこまで望みたくない。

「ほら、テキストちゃんと読むでしょ。」「ねっ、リンク設定箇所は声色が変わるのよ。」「でね、でね、この見出しの読み上げっつーのをさせてみる と?。あら不思議!」と、テレビショッピングのオバチャンのように大興奮できそうだ。

5. 開発及び制作に関する個別要件
5.2 構造及び表示スタイル
a) ウェブコンテンツは,見出し,段落,リストなどの要素を用いて文書の構造を規定しなければならない。?