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アクセシビリティコラム

特別編 姉妹都市の素敵な関係 宮城県大崎市と北海道当別町

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震は、東北地方の太平洋沿岸を中心に甚大な被害をもたらしました。地震直後から、岩手県、宮城県、福島県の各市町村のウェブサイトは、アクセスの急増、サーバ・通信機器・通信回線の損壊などの影響で、閲覧ができない状態が続いていました。

被災地の一つである宮城県大崎市の公式ウェブサイト「大崎市公式ウェブサイト Osaki City Official Website」は、3月16日午前10時55分現在も閲覧ができない状態が続いています。ですが、地震発生直後から、被害の状況、避難所の情報、ライフラインに関する情報を、毎日、途絶えることなく、インターネットで発信し続けています。

当別町ウェブサイトにある「宮城県大崎市災害情報」のキャプチャ

その役割を担っているのが、大崎市と平成12年10月12日に姉妹都市の締結をした北海道の当別町のウェブサイトです。大崎市からの依頼を受け、地震発生当日から、「宮城県大崎市災害情報(大崎市災害対策本部)」ページを開設しています。

周辺の市町村が同じシステムを共有したり、同じ施設を共同で用いたり、相互に連携するしくみはよく耳にします。ですが、今回のように被災地域が広域に渡ると、お互いを助け合える状況になく、的確な情報発信が難しくなってきます。

どうしんウェブ(北海道新聞ウェブサイト)には、

同市はコンピューターのサーバーが故障。このため、当別町の担当職員が週末も出勤し、同市の職員から被災状況を電話などで聞き取り、町のHPに掲載。宮城県のHPから見られるようにした。

とあります。
どうしんウェブの記事「宮城・大崎市の被災状況、HPで伝達 当別」

大崎市の情報発信が途絶えなかったポイントは3つあります。

  1. 大崎市が姉妹都市である当別町に代行発信を依頼したこと
  2. 当別町が代行発信を受け入れたこと
  3. 宮城県ウェブサイトがそれらを告知できたこと

そのいずれかが欠けても、現在のような状況にはなっていなかったのではないでしょうか。

1.大崎市が姉妹都市である当別町に代行発信を依頼したこと

両者の間に、災害時における協定がどの程度されていたのかについてはわかりませんし、いくつかの姉妹都市の中から、なぜ当別町が選ばれたのかもわかりませんが、大崎市のサーバが故障したことを受けて、それを復旧させるのではなく、安定的に稼動している別の自治体に、代行発信を求めたということです。

まちの災害情報というのは、迅速かつ正確な情報が求められます。自治体の「公式」サイトだからこそ得られる安心感もあるでしょう。それを他地域に移すということには、大きな決断力・判断力が求められたと思います。

被災された身でありながら、情報を途絶えさせてはならないという思いを持ち続けた担当者の方の責任感が光ります。

2.当別町が代行発信を受け入れたこと

今回の地震は、揺れを感じた地域が広く、北海道の当別町でも震度3を記録しています。結果的に当別町には大きな被害がなかったようですが、自身のまちの状況を把握しながら、また、当別町としての通常業務を行ないながら、大崎市の災害情報を発信し続けたことになります。

休日昼夜を問わず、大崎市に関する情報の収集、ウェブサイトへの情報掲載を行なっています。さらには、大崎市内に住む家族の安否などの問い合わせにも対応しているということで、非常に丁寧な対応をされていることがわかります。

そして「宮城県のHPから見られるようにした」こと、見逃されがちですが、大きな仕事です。

3.宮城県ウェブサイトがそれらを告知できたこと

どこかに情報を公開しても、それがどこにあるかがわからなければ、発信された情報が活用されることはありません。その点に関しては、宮城県ウェブサイトが大きな役割を果たしました。被災地域の多くの自治体サイトがアクセスできなくなる中、宮城県ウェブサイトは、地震発生直後もアクセスできる状態が保たれていました。さらに、トップページのわかりやすい位置に「各市町村の災害情報」ページへのリンクを設け「サーバーに被害があった市町村の情報を掲載」していました。

宮城県ウェブサイト「各市町村の災害情報」ページのキャプチャ

そこには「大崎市の災害情報」というリンクがあり、リンク先は大崎市のウェブサイトではなく、前述の当別町ウェブサイトとなっていました。ここを経由して、多くの利用者が、大崎市の災害情報を入手できたということになります。

当然、Twitterやニュースサイト、個人ブログなどでも、情報は拡散されていきましたが、早い段階で自治体のサイトからの流入経路・告知方法が確立されていたことは大きいと感じます。

ぜひ、誰かに助けてもらえる準備を!

姉妹都市という言葉からは、定期的に人が行き来して交流を深める、テーマを同じくしたイベントを開催するといったイメージしか持っていませんでしたが、非常時にこのような形で手を差し伸べられる関係性を持つことはとても大事なことと感じました。

姉妹都市でも、災害協定都市でも、友好都市でも構いません。情報を途絶えさせないために自治体同士で協力できる体制を整えてください。十分な対応ができているという自治体もあるでしょう。でも、もう一度見直す機会にしていきませんか。このような事例を積み重ねて、災害発生時の情報発信に役立てていかなければならないと強く感じます。

被災された方々が、一日も早く普段の生活に戻れますよう、心よりお祈り申し上げます。

有限会社ユニバーサルワークス 代表取締役 清家順

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