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アクセシビリティコラム

第97回 インターネットがつまらない

情報収集だ、オンラインショッピングだとあんなに楽しんでいたインターネットが、このところあまりおもしろくない。それは、月に一度、この場において直近一か月の学びを披露せねばならないという迫られる感じが原因の一つではないかと思う。つまり、もうそんなに披露することはありませんよというところかもしれない。コラムをやめる気はまったくないけれど。

つまりのつまり、私の属性からすると、できることは頭打ちなのだ。ブログをやってみたり、mixiに参加してみたりといろいろやってきた。みんなはその後もたくましくツイッターだのフェイスブックだのと貪欲に突き進んでいるようだけれど、私はもういい。ツイッターに「ショックだったこと」をつぶやきたくなどないし、フォローをしたくもされたくもない。最近、『ヤフートピックス』の気になる記事を読もうとすると、「Twitterに投稿」「mixiチェック」「Facebook」「シェアする」などと言っているから、フェイスブックとやらも何か新しいやつなのだろうと認識しているが、どうも興味や関心がわかない。疲れそうだなと思うのと、もう十分なのだという感じと、両方の気持ちでいる。

画像:「Yahoo!ニュース」ページに表示される“新しいやつ”

“新しいやつ”の登場に心はざわめく。見えなくても使えますという強がりか、見えない人にはできないじゃんという批判か、どちらかを持たないとこの業界にいられないという感じがいつもしていた。今もそう。だけど、この先、それは我が社の方針とか、私の信条とかに合わなくなってくるような気がする。それくらい、インターネットの中はものすごいスピードでいろいろなものが開発されて、そのサービスを受ける側は我先にと試さずにはおれないし、開発する側はそれが流行る、つまり当たることを求めて一生懸命だ。私はそのスピードに乗りたかったわけではない。

「私の属性からすると、頭打ちなのだ。」と先ほど述べた。頭打ちというとネガティブなイメージが浮かぶかもしれないが、もう十分だよねということが言いたいだけ。インターネットの中が読めたり、インターネットの中に書けたり、インターネットで買えたり、十分いろいろなことができるようになった。それでいいじゃないというところなのに、世間様が立ち止まることを許さない風潮に思えるのだ。みんなは、WiiリモコンやiPodTouchなんかを傾けたりなんかしちゃっているし、映画館では3D映像とか何とか言っちゃって300円取られるし、ボタンで操作できるヘルシオみたいなやつはないし、それでいいじゃないと思う暇がはっきり言ってないよね。「もうすぐ35歳、いらいらするっ!!」といとうあさこ風に叫んでみたらいいのかしら。それは、年ということで、見えないこととは関係ないのかしら。いずれにしても頭打ちのようなので、“新しいやつ”に迫られるのではなく、“十分だよね”ということを本当に十分なのかどうか改めて検証していこうと思う。それがアクセシビリティなのだから。

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