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アクセシビリティコラム

第47回 a要素 クリックすれど ジャンプせず

a要素 クリックすれど ジャンプせず われ泣きぬれて どうでもa要素

新春なので、ユニバーサルワークスから短歌をひとつ。「a要素」などという言葉は、実は私には何のことやらさっぱりわからないのだが、「われ泣き ぬれて」しまう原因は、どうやら「a要素」が「どうでもa(ええ)」ことになっているかららしいのだ。

視覚障害者用の某サイトに、メンテナンス情報が書かれたリンクボタンがある。そのリンクラベルそのもので、メンテナンスの内容は理解できたが、一 応リンクが設定されているので押してみた。しかし、私の耳にはどこかにジャンプしたようには聴こえない。リンク設定ミスだろうと軽く受け流してもう何年か 経っている。どうして直さないのだろうと考え込んでやっと気づいた。リンク設定ミスなどではなく、メンテナンス情報そのものがリンクラベルになっているこ と、そのことこそに意味があったのだ。

音声ブラウザ利用者のサイト閲覧のしかたにはさまざまある。その人の性格や指南者の影響などが反映されると思う。私は、初めて訪れたページは隅々 までじっくり聴く傾向にある。しかし、毎日の巡回サイトについては読みたい(聴きたい)部分が決まっているので、ポンポン読み飛ばして読みたい位置にカー ソルを合わせられるように勝手に指が動くほどになっている。読みたい位置にカーソルを合わせる方法としては、10行ずつ飛ばしていくときと、tabキーで リンク設定部分だけを読んでいくときがあるように思う。このリンク設定部分だけを読み挙げながらお好みの位置に向かう方法をとるとき、ある問題が発生す る。日常的には何の問題もない。ただ、メンテナンス情報など非日常的な重要なお知らせを伝えたいとき、その情報を視覚的に目立つ位置や方法で記しても、そ こにリンクが設定されていない限りはどうしても音声ブラウザ利用者の耳には留まらないことになる。さあ困ったということで浮かんだ名案が「どうでもa要素」ということらしい。

もちろん、ここにこうして取り上げたということは、私は名案だなどと思っていないわけで、短歌にも記したとおり「泣きぬれて」いる。私は難しいこ とはわからないので、もしかしてその情報を耳に留めさせたいがためにリンクを設定したのではなかろうかという疑いが芽生えたとき、そのあたりのことがわか る人間にソースを確認してもらったところ、リンクはきちんと設定されているのだそうだ。次の行に。道理で、ジャンプしたように感じないわけだ。後日、もう ひとつ、同種のサイトに同じような仕掛けを見つけた。こちらは、リンクボタンを押すと、リンクラベルよりは詳しい説明がある部分に読み飛ばされた。だが、 やはりそれはリンクボタンの次の行だった。

それらのリンクボタンは、ページの(読上げやソースコードでいうところの)上部に位置し、Tabキーでリンク設定部分を追ったときに、お好みの位 置にたどり着くまでに必ず耳にするようになっている。わかりやすいし、情報発信者が伝えたい情報が閲覧者に届きやすいしいいではないかと思うのだが承服し かねる。なぜと問われれば、「美しくないから」と答えるしかないが、どうにも気に入らない。

音声ブラウザ利用者がどのようなスタイルでサイトを閲覧しようが自由であり、しかるべき場所に情報を記しているのに閲覧者が受け取れなかった場 合、それは閲覧者の責任である。だから、上記のような姑息な手段をとらずとも、しかるべき場所に情報を載せておくということでいいのではないだろうか。こ んな豆粒みたいな例をひいて苦言というのは新年に不似合いだが、豆粒のうちにつぶしてしまいたい衝動に駆られている。視覚障害者用サイトだからといって、 視覚障害者用ルールでサイトを制作すると、教えやすいかもしれないし、そのサイトはいいかもしれないけれど、音声ブラウザ利用者の広い意味でのサイト閲覧 能力は低下すると思う。だからやめて。

『みんなが使える&美しいWebサイト』のために、そんなリンクはこまリンク。なんつって。

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