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アクセシビリティコラム

第19回 文化の共有

秋は私の個人サイトが繁盛する季節である。
とはいえ、経済的には何の生産性もなく、ただただ、気苦労が耐えない。

このたびも、“小・中学生サイバーテロ”(「情報発信 ~情報モラルとアクセシビリティ~」参照)におそわれたところであるが、今年は新種が登場した。設置してある掲示板への書き込みが、何だかおかしいのである。音声ブラウザの読み上げは機械音ではあるが、それなりのイントネーションで読み上げてくれる。ところが、一時期の書き込みたちは、そのイントネーションがいつもと違ったり、入力ミスを思わせる記述が続いたりするのである。おかしいと思いながらも、意味はとることができたので、返信を続けていた。

しかし、実態を知り唖然とさせられることになる。
「ありがとうございました。」の『あ』が『ぁ』などとなっていたのである。『ぁりがとうございました。』という具合である。これが、文章の数か所に存在するとのこと。そして、驚くなかれ、「○○は」の助詞の『は』が『わ』などということもあるそうだ。これは、音声ブラウザのイントネーションに反映されなかったので、私はまったく気づくことができなかった。ひと昔前の新聞の活字を切り貼りした犯人の声明文を想像してしまったのは私だけだろうか。実に奇天烈な文化である。

私は失明前の職業柄、中高生の奇天烈文化には免疫がある。
私の目が黒いころ(?)は、単語中の母音がことごとく『ー(長音)』に変化し、その『ー(長音)』が、さらに『→(右矢印)』とされる文化があった。失明後の個人サイトを通じて、一番最初に出会った奇天烈文化は、『。(句点)』が、ことごとく『O(オー)』とか『0(ゼロ)』とかに変化する文化である。記号ではなく文字なので、スクリーンリーダーでも音声ブラウザでも、ご丁寧に読み上げてくださり、文章が終わるたびに「オー!」「オー!」と掛け声がかかるのはどうしてか、苦悩した記憶がある。

これらは奇天烈すぎるとしても、バカにして笑ってばかりはいられないと私は思う。たとえば、絵文字の文化というものは、コンピュータに特有で、今や使用する年齢層もかなりのものである。音声ブラウザはほとんど対応していないが、私の使用しているスクリーンリーダーは一部対応している。私が気づいたところで「ニコッ(ニコリだったかな)」「ペコリ」「ぽりぽり」などがある。そうした一部対応のおかげで、スクリーンリーダー利用者のメール本文の末尾に、『ニコニコ』や『ペコリ』などがテキストで連発されるという盲人文化が繁栄している。情報の掌握に大した害はないのでよいが、文化の隔たりを感じたところである。そして、一方では文化の共有への憧れともとれる。

自治体サイトのアクセシビリティ調査をしていて、絵文字で『バイバ?イ』とスクロールしているものを見つけたとき、「広報誌(紙媒体)ではありえないよな。」と閉口したが、でも、Webサイトってそういうものなのかもしれないのである。いつもは硬そうな役所の職員も、制作しながら遊び心をくすぐられるようなものなのかもしれないのである。私たちはアクセシビリティについて語るとき、色のコントラストに敏感になり、(方言などで)わかりにくいリンクラベルに抵抗を感じることが多いが、その地域の色彩感覚や方言や、時にはつくり手の遊び心も、独自性としてWebサイトに反映させることは重要なのかもしれない。

私も一度でいいから共有してみたい文化?がある。
見てみたいなあ、アスキーアート……オーズ (orz)

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