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アクセシビリティコラム

第105回 支援物資にショーツを

東日本大震災から1年の日がまもなくやってくる。当時、リアルタイムでNHK総合を聴いていたのに事態がまったくつかめていなかった私。事態を理解するというのがどういうことかは人それぞれだろうけれど、その後私の耳に届く情報は驚くことばかりだった。

今感じ取れている大変さを最初に感じたのは、震災から3か月以上経っていたころだと思う。毎月音訳で読んでいる『文藝春秋』の5月号に触れたときだ。被災を体験したさまざまな立場の方々が執筆しておられた。「そっ、そうだったのか。」と、こう胸の中がいっぱいになってきて、知らないっていけないなとか、知ることができないって困ったことだとかブツブツ言いながらむさぼり読んだ。テレビやラジオやインターネットにある情報とはなんとなく違うような、こうした情報を知りえるために、どんなテレビ番組やラジオ番組やWebサイトにあたればよいかがピンとこなかった。

さらにその後、本屋をぶらつき、新刊を確かめることなどできない日々の中でも、書評や宣伝記事みたいなもので、震災関連の書籍が出版されつつあることはわかった。それらが、比較的短いタイムラグを経て、この年末年始に私の耳にも数冊届いた。病院の立場、国の関係機関の立場、原発の作業員さんの立場、被災された一般のみなさん(子どもも)の立場、さまざまな書籍を次から次へと読んだ。とにかく、想像を超えていた。

震災直後から、街で義援金の受け付けの声を聞けばできるだけ協力してきたけれど、この程度でよいのかと考えてしまった。考えてもこの程度しかできないことに堂々巡りの末戻ったのだけれど、手持ちの微々たる額をホイホイとしていたときは、なんにもわかっちゃいなかったのだと思うと、情けなくなった。

ユニバーサルワークスとしては、『震災時の情報発信』を大きなテーマに、震災後の新たな取り組みとして活動している。関心をお持ちの方はどうぞ問い合わせ、申し付けください。

個人的には…ということを考えていたときに、たまたま、またまたお得意の楽天市場で買い物中に、『「支援物資を届けませんか?」という商品を見つけた。どういうことだろうと思って商品の詳細を見てみると、それは下着屋さんだったのだけれど、下着とか靴下とかを私がお買い物カゴに入れて購入すると、ほかにも購入くださったみなさんの商品といっしょにある程度の枚数が集まった時点で、それらを必要とする被災地のみなさんに届けてくださるという仕組みになっていた。すごくいいと思った。私も震災の備えにリュックに数枚の下着を入れているように、被災したら絶対に下着ほしいよなと思った。私も送ろうって思った。ちゃんと届くか心配だったけれど、ちゃんといつどこそこにこれだけのものを送りましたよというメールが後日届いた。

届いたのだとわかって満足した。私の満足のために送るものでないことはわかっているけれど、この体験を通して2つのいいことがあった。1つは、見えない私にもできることがあったということ。もう1つは、どうしても考えてしまう自分が被災する日の気持ちの助けになったこと。

東北のみなさんを助けなきゃという想いと同じくらい、私が被災したらどうなるだろうという考えも頭を占めるのはどうしようもない事実。多分、見えない私は被災そのものよりも、役立たずな自分がふがいなくて、申し訳なさで死んでしまうのではないかと思っていた。でも、私の性格がどうであれ、日本人という国民性はおそらく助け合いで成り立っているのだと思う。家族にも地域にもどうしようもなく面倒で迷惑な存在だろうけれど、こうして東北のみなさんにショーツを送ることで非常事態に強くいられる私でいたいと思う。ありがとう下着屋さん、ありがとう東北のみなさん。

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