「みんな」が使えるWebサイトへ

アクセシビリティコラム

第103回 情報は笑顔で

みなさんは、『情報』をどのような気持ちで受け止めていますか?

ここで言う『情報』はあらゆるものです。必ずしも笑顔で受け取れるものばかりではないですよね。泣きたくなってしまう情報、読み続けられないとか、聞き続けられないとかいう情報もありますよね。たとえば、無理をして読み進める場合があるかもしれませんが、大抵は読むのをよそうとか、後にしようとかしていると思います。そこで、読むのをよそうと思えることばかりならよいのです。みなさんの頭の中に、今、具体例がポッと浮かんでくれていると話が早いわけですが、私には知りたくないけれど知りたい情報というのがあります。本当は、この目が見えさえすれば、私のペースで感情と相談しながらちらっと見たり、やっぱりやめてみたりしながら受け止めたいのです。でも、そうはいかない。それは、年に一度文字としてやってきます。Webサイトに公開されるわけではなく、音訳者がいちいち音訳する種類のものでもありません。つまり、私の都合で取得するのが困難な情報ということです。回りくどいな、それは何だよ、具体的に言ってくれよと思われているとわかっていますが、私にとっては大変にデリケートな話なのでズバリお伝えすることはできません。

では、どうしているかというと、身近な人に読んでもらっているわけです。代読してくれているその人は、まさか、私が、私その情報を知りたくないけど知りたいという複雑な想いで聞いているとは思っていません。なぜなら、私はその情報を毎年「へえ、そうなんだあ。ふ~ん。」などと相槌を打ちながら、比較的朗らかな表情で聞いているからです。腹の中が煮えくり返るというほどではありませんが、本当は、その情報に触れるといろいろ思い出して、気分がかなり落ち込むものだから、朗らかな表情などしている場合ではないのです。でも知ってはおきたいのだからそうするほかありません。私が泣き出したり、不機嫌になったりしては、代読者は二度とその情報を私に入れてくれないでしょう。そうなると、私はその情報に触れることができなくなるわけです。

みなさんにはそんな経験がありますか?おそらくないでしょう。それくらい、見えない人間が情報を得るというのは大変なことなのです。すべての情報が簡単に手に入るわけではないのです。感情をコントロールし、最新の注意を払いながら情報取得のお願いをしないと、知りたいことを知ることができない場合なんかがあるのです。

だから、『情報』は尊いわけです。今回の例は特別だし、何もかもが自由に手に入るべきだとは思っていませんが、みんなが当たり前に得られる情報は私たち見えない人間にも同じように与えられていいではないかと思います。少なくとも、Webサイトにある情報は、ルールにのっとってつくっておけば読み上げに対応します。私が私のペースで情報を取得することが可能なのです。

先日、言われたのです。はっきりとではないのですが、あなたにちょっとくらい聞こえなくても優先したいものがあるのだと。Webサイトの話ですよ。アクセシビリティなんか聞いたことも触れたこともないそのへんのオバチャンではなくて、公的機関のWebサイトを製作する側の人に。まさに、その製作をどうしようかっていう話をしている最中に。私も私で、本来ならば椅子を蹴っ飛ばして退場してきてよい場面でありながら、そうはできませんでした。一応、社会人として。でも、これは、これまでの私の一つの評価であり、これまでもこれからも取り組んでいく社会貢献活動を揺るがす大変な出来事だと受け止めています。というわけで、いきなり本題に入るとかなり取り乱すであろうことが予想されましたので、今回は前振りにとどめます。次回は、近年で一番力を入れてコラムを書く予定です。今月、相当勉強します。

関連するコラムを探す